翻訳家によるコラム:生物学・分子生物学・バイオ技術コラム

生物学・分子生物学・バイオ技術コラム by平井
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2012年07月06日
植物ホルモンとiPS細胞(人工多能性幹細胞)

こんにちは。轄kエ翻訳事務所で論文翻訳を担当している平井と申します。

分子生物学やバイオテクノロジーをはじめとする生物学全般に関する翻訳や、医学論文、生化学、ライフサイエンスに関する翻訳など、生物学や医学において、複数の分野にまたがる翻訳も扱っています。指名でのご依頼もお受けしておりますのでご相談ください。

化合物の宝庫である植物は、自らの成長をコントロールするために自分自身がつくる化合物を利用しています。それを現在では植物ホルモンと呼びますが、その概念の先駆けとなったのが「ビーグル号航海記」「種の起源」などの著者であり進化論で知られるチャールズ・ダーウィンの研究です。

ダーウィンは、単子葉植物(monocotyledonous plant)であるカナリアゾウを用いた実験で、葉の先端が光を受けると刺激が葉の下の方へ伝達され、光を受けていない葉の下部が曲がる、という学説を1880年に記した著書「植物の運動力(The Power of Movement in Plants)」のなかで提唱しました。これがのちの研究によって「伝達する刺激物質」という概念に発展し、ダーウィンの実験系に基づいて刺激物質の探索が試みられたのです。その結果として1930年代に、その刺激物質の実体として単離・構造決定されたのがオーキシンという植物ホルモンである化合物です。

オーキシンに並んで植物の成長制御に重要な働きを示すと考えられる植物ホルモンがサイトカイニンです。こちらはオーキシン発見の少し後の1940年代に、ココナツミルクの中に含まれる植物の成長を促進する物質の発見を始まりとして構造決定されました。

オーキシンとサイトカイニンという2種の化合物を手にした植物生理学者たちは、驚くべき現象を目の当たりにします。葉を切り取って切片とし、過度な濃度のオーキシンで処理すると、葉から根が直接分化したのです。一方、この切り取った葉にサイトカイニンを処理すると葉から芽が直接分化したのです。さらに、オーキシンとサイトカイニンを同時に与えると、葉はモコモコとした細胞の塊として成長を続けたのです。

この細胞塊は、カルスと名づけられましたが、このカルスをまたオーキシン単独、サイトカイニン単独の処理に戻すと、改めて根と芽がカルスから分化・再生したのです。これを植物細胞の分化全能性(totipotency)といいます。

現在、ヒトやマウスでiPS細胞(人工多能性幹細胞)の開発が非常に精力的に進められています。それは、生殖能のない細胞から器官や臓器を作り、再生医療に役立つ研究につなげるという非常に重要な目的があります。植物と動物のシステムを単純に比べることはできませんが、オーキシンとサイトカイニンの発見は、iPS細胞が発見されたときと同じくらいの大きさではなかったかと想像します。

轄kエ翻訳事務所   医学翻訳・分子生物学翻訳・生化学翻訳担当:平井