翻訳家によるコラム:生物学・分子生物学・バイオ技術コラム

生物学・分子生物学・バイオ技術コラム by平井
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2012年03月26日
遺伝子特許を巡る国際問題

こんにちは。轄kエ翻訳事務所で論文翻訳を担当している平井と申します。

分子生物学やバイオテクノロジーをはじめとする生物学全般に関する翻訳や、医学論文、生化学、ライフサイエンスに関する翻訳など、生物学や医学において、複数の分野にまたがる翻訳も扱っています。指名でのご依頼もお受けしておりますのでご相談ください。

遺伝子を特許にするという件で世界的に議論を呼んだ最初の人物は、セレラ・ジェノミクス社のベクター博士だと思います。遺伝子という全生物が共有する生体のシステムに対して、特許とは不思議な感じですが、遺伝子の発見と同定が創薬などに使われ出し、発明の一部になるとされてから、遺伝子産業は大きく沸き立ちました。

特許の要件は3つあり、新規性と進歩性(非自明性)、そして有用性が必要になります。工業製品などと同様、遺伝子も知的財産(intellectual property)の一種と考えられています。特許をとっていれば、その遺伝子を用いた医薬品や生化学製品を企業が開発した際、特許権者にその特許使用料が入ることになります。

現在はよほど明確で限定された要件がなければ遺伝子特許はおりないことになっていますが、一時期は非常に危うい期間もありました。「インサイト・ショック」と呼ばれる事件です。バイオベンチャーのインサイト社が機能未知のまま米特許商標庁に申請していた遺伝子断片に対して、米特許商標庁は一部に特許を認可しました。それを機に、バイオベンチャーは軒並み乱立し、さらに株価も急上昇することになったのです。

その後、事態を重くみた各種公的機関の申し入れや日本や欧州の特許当局による抗議により、インサイト社と同じ要件では遺伝子特許はおりないことになりました。

基本的に、特許自体は各国がもつ自国法で効力が規定されるため、他国で認可された特許が自国で応用されることはありません。しかし、現地法人が一斉にその国ごとに特許を申請、認可されれば話は別です。その遺伝子を研究や開発で使う場合、特許料はすべて他国へ行くことになります。また、そうしたゲノム創薬が医療機関を介して保険で負担されるとなれば、特許料は健康保険などにも反映されます。そうなると、単なる企業間の問題から、国家的な経済問題にもつながることになります。

そこで日米欧の三極は再三国際会合を開き、遺伝子特許に関する規定を厳しく設定し直す合意を得たものの、特許を巡る問題は早くも変わりつつあります。

とりわけ製薬や医療に関する特許では、遺伝子単体よりも実体としてのタンパク質の有用性に重点が移りつつあるからです。タンパク質に対する特許は、立体構造とその構造上の働きが重要とされます。そこではどのような特許戦争になるのか、誰もが注目していることでしょう。

轄kエ翻訳事務所   論文翻訳担当:平井