翻訳家によるコラム:生物学・分子生物学・バイオ技術コラム

生物学・分子生物学・バイオ技術コラム by平井
生物学・分子生物学・バイオ技術コラム一覧へ戻る

2012年02月27日
細胞内翻訳会社の弊害となるmiRNAによる遺伝子発現調節

こんにちは。轄kエ翻訳事務所で論文翻訳を担当している平井と申します。

分子生物学やバイオテクノロジーをはじめとする生物学全般に関する翻訳や、医学論文、生化学、ライフサイエンスに関する翻訳など、生物学や医学において、複数の分野にまたがる翻訳も扱っています。指名でのご依頼もお受けしておりますのでご相談ください。

遺伝子の発現がある種のRNAによって妨害されることがあり、この現象をRNA(RNA interference)といいます。「ある種のRNA」にはいくつかの種類がありますが、その一つが、小さなRNAであるmiRNA(micro RNA)です。つまり、miRNAによってRNAiが起こるというわけです。具体的には、特定のmiRNAが作られて、それが特定のmRNAを分解するために、細胞内の翻訳会社であるリボソームがタンパク質を合成できなくなるのです。

従来、遺伝子と考えられていなかったDNAの領域、たとえば遺伝子と遺伝子の間とか、遺伝子領域でもイントロン領域とか、あるいはアンチセンス鎖などから、予定外にたくさんの種類のRNAが転写されることがわかりました。こうしたRNAは多くの場合、キャップやポリAが付いた数百〜数千の転写産物です。これをpri-miRNA(primary miRNA)といいます。

pri-miRNAは部分的に二本鎖構造を作って、ヘアピンあるいはステムループの構造を作ります。そして、RNAに結合するパシャというタンパク質とドロシャというRNA分解酵素の働きで、ヘアピン部分が切り出されてpre-miRNAになります。ここまでは核内で進行し、その後に核膜孔から細胞質へ運ばれます。

相補的な二本鎖RNAあるいはヘアピン型RNAとして合成された小さなpre-miRNAは、ダイサーという特殊な二本鎖切断酵素によって22番塩基対程度のもっと小さな二本鎖RNAになります。この二本鎖の小さなRNAをmiRNAといいます。

二本鎖のmiRNAは、RISCというタンパク質複合体と結合して、miRNAのうちの1本を放し、残りの1本がmRNAと塩基配列特異的に結合します。miRNAの塩基配列が、mRNAの中の特定の塩基配列と対になって部分二重鎖を作れるようになった場合に結合するということです。結合すると、RISCの持つRNA分解活性によってそのmRNAは分解されます。mRNAが分解されれば、それを元にした翻訳会社のタンパク質合成が阻害されます。mRNAは分解されずに、翻訳の進行が阻止される場合もあるようですが、いずれにせよ、miRNAと相補的な塩基配列を持ったmRNAからの翻訳が阻止されることになります。翻訳会社の元締めである遺伝子の働きが阻止されるという意味で、miRNAは特定の遺伝子の発現を妨害するわけです。

「RNAによる遺伝子発現の妨害」という意味でのRNAiは、当初植物で発見されましたが、その後すぐに、人を含めた多くの動植物の遺伝子発現調節に関わっていることがわかりました。RNAiは発生や分化の過程だけでなく、ガンやウィルス感染さらには糖尿病や循環器疾患のような病気にも関わっていることもわかってきていて、現在、急速に科学的ならびに医学的研究が進展しつつあります。

RNAiの発見は2006年のノーベル医学生理学賞の受賞対象となりましたが、それは少し前までは誰も想像していなかったような、遺伝子発現調節機構の存在を示したとともに、広範な病気に治療に応用できるのではないかという、大きな期待も含まれていたからだと思います。細胞にdeRNA(二本鎖RNA:double strand RNA)、siRNA(short interfering RNA)、shRNA(short hairpin RNA)などを導入、あるいはその鋳型DNAを導入して、たとえばガン遺伝子の働きを抑えてガンをやっつけたり、ウィルス遺伝子の発現を抑えてウィルス病をやっつけたりできる可能性があるわけです。

轄kエ翻訳事務所   論文翻訳担当:平井